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よしこちゃんの部屋
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2021/05/07のBlog
[ 22:32 ] [ ★☆必見★☆ ]
とりいそぎシェアさせていただきます^^♪

真実がめちゃくちゃ分かりやすく、

動画で解説されてはります。

藤井 聡先生、応援いたしております(^0^)!



【東京ホンマもん教室】4月24日 放送 見逃し動画

社会科学で読み解く!“コロナ疲れ”の正体

対談ゲスト:室伏謙一 ↓


https://www.youtube.com/watch?v=k-yAXtff6KI&t=4s




2021/04/24のBlog
[ 23:05 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
明日・25日(日)から大阪府下も所謂

「緊急事態宣言」になり、その影響で

図書館も休館になる!という情報を

今朝教えてくださった方がいて(=人=)大感謝!



「これは即借りに行かねば~(>0<)!」と慌てて

地元の図書館に行って来ました~^^♪



やっぱり、旅先における基本的な情報を入手するのは

「るるぶ」「まっぷる」が一番です!

一人が一度に借りれるMAXの10冊を借りました。



「緊急事態宣言(ゴールデンウィーク)期間中にすることリスト」

というものを既に作成済みで、その中の一つが

【次回&次次回の旅プラン

(綿密な行程表/タイムスケジュール)を作っておく】です。

休みの期間中は、ついダラダラ過ごしてしまいがちですので(^^;)、

こんな感じで【することリスト】を作り、

正当な理由が無い限り全リストの事柄を期間中に終わらせます。



最近は「離島」がちょっとしたマイブームですので(笑)、

気軽に(ピーチ等のLCCで/直行便ですぐにお安く)

行ける島を狙っています。



実際行動に移すのはもう少し後になりますが、

自宅で行程表を作りながら、

旅のモウソウを楽しみたいと思います(笑)♪



その他にも様々な畑作業、自宅お掃除

(滅多にいらわない箇所)、本読み、各種活動の

資料・動画づくり、お仕事などがあります。



そんなかんだで、3度目の緊急事態宣言に突入しますが、

いつものように誰からも邪悪魔の想念を一切受けず、

マイペースで楽しく充実した時間を過ごし、

コロナ騒ぎがあろうがなかろうが、

私は人生謳歌しまくります(^0^)ウフフ♪


[ 23:02 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
畑仲間のおにいさんから昨年秋に、

2リットルのペットボトルに入った

「えひめAI」というものを頂き、

それを100倍くらいに水で薄めて

ジョウロで作物に与えていました。

(ボトルの中身は減って行きますので、

水だけを足し続けてました)



「えひめAI」は愛媛県産業技術研究所で開発された

【環境浄化複合微生物】で、水質向上や消臭、

油汚れやヌメリ取り、発酵促進、農作物の生育促進など

幅広い効果が報告されているそうです。

なお、開発元の研究所で特許は取っていませんので、

誰でもカンタンに作ることが出来ます。



三寒四温の春の季節は終わり、

夏に向かって万物が活発に動き出しましたので、

昨年頂いたその2リットルのペットボトルに入った

「えひめAI」を今日始めて自分で培養し、

一気に10リットルに増やしました~^^♪

(空の10リットルボトルは今日、

近所のホームセンターで買って来ました)



作り方はめっちゃ簡単&安価で、

ヨーグルト、ドライイースト、納豆(ネバネバ部分のみ)、

砂糖を水に混ぜるだけです。

数時間、日なたに置いているだけで即活発に発酵し出して、

フタを開けると、一気に空気と泡が吹き出て

爆発状態になりました!



科学的な根拠に関しましては私は詳しく分かりませんが、

より作物が元気に(しかも害虫被害もあまり無く)

育っているような観がしております。



ということで今年の夏~秋野菜も、

この「えひめAI」などを使って、

自然農法的な畑ライフをステキに

謳歌したいと思います~(=人=)☆



【参考ホームページ】

愛媛県鬼北町ホームページ

https://www.town.kihoku.ehime.jp/soshiki/kankyou/2.html



2021/04/23のBlog
[ 22:45 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日、長崎に行って来ましたので一部、

その報告をさせて頂きます。



2015年にこの軍艦島(正式名称:端島)も構成遺産に含む

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が

世界文化遺産されましたので、ご存じの方も多いかと思います。



現在4社程が、長崎港から「軍艦島クルーズ」

(所要時間:2時間半程度)を運行されており、

おかげさまで天気も良く無事、軍艦島に上陸も出来ました。



この軍艦島の下には良質な石炭が多数あり、

明治期~昭和49年の閉山になるまで、

我が国の経済発展を影で支えて下さっていた島です。

ほんと、感謝しかないです。



最盛期の昭和35年(1960)年には約5300人もの人が住み、

当時の東京都区部の9倍もの人口密度があり、

島内には小中学校や病院などが完備され

生活を全て島内で賄うことができ、

映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろっていました。

本土では三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)の普及率が

20%の頃に、ここはナント100%だったそうです。



日本初の鉄筋コンクリート建のアパートも

この軍艦島にあります。

その反面、海中深くまで石炭を掘る作業は過酷労働そのもので、

労働者の待遇・給料は良くても常に命の危険と隣合わせでした。



およそ40年この島は無人の廃墟状態ですので、

台風などが通る度にだんだんと崩れ朽ちていっており、

世界遺産としての維持管理が大変のようです。



もしもこの島が本州のど真ん中にあれば、

この用無しのコンクリートの塊群をそさくさと撤去し、

新しい建物や機能、役割が与えられるのでしょうが、

この島は長崎港から船で30分くらい離れた

海の真ん中にポツンとある関係で、ほったらかしになっています。



だけど、この廃墟と化した軍艦島が

【過去を今に伝えてくれている】のだと観じました。

遠い過去の彼方に消えていくはずのもの・今を/

未来を生きる私たちの目や手に触れることのないはずの

【歴史 ~人々の営み~】を時を超えて、

同じ場所でリアルに教えてくださっているのです。



なんと尊いことでしょうか。。。

見た目は廃墟でしかありませんが、

ダイヤモンドや石炭のように“キラッと光る美しさ”が

今もこの島にあると観じました。



かつてこの島におられた方々のいろいろな想いが、

美しい島の風景に投影され、

生き生きと私の脳裏に蘇り、とても感動的でした。

日本国内でこれだけ本格的な廃墟(過去の産業遺産)が

遺っているのは稀有だと思われます。

みなさまも是非いつか行かれてみてくださいね^^♪



【軍艦島概要】

https://www.at-nagasaki.jp/spot/51797/



[ 22:41 ] [ ぶらり旅日記 ]
かつて坂本竜馬が、日本初の商社「亀山社中」を

作った場所に今は「亀山社中記念館」があります。

この建物の所有者のご厚意により2009年から

長崎市が整備・公開されている記念館で、

幕末当時そのままに復元した空間になっています。

幕末/司馬小説ファンとして

長年行ってみたい場所の一つでした^^♪



コロナ下で殆ど訪れる人がおられない中、

ここに座って心静かにしておりますと



「日本(ニッポン)を今一度、せんたくいたし申し候」



という、竜馬の声がまざまざと聴こえて参りました。



亀山社中記念館から坂を上ったところに

風頭公園があり、見晴らしの良い場所には

竜馬の銅像と、司馬遼太郎先生の不朽の名作

『竜馬がゆく』の石碑が建っています。



今、まさしく今!150年の時空を超え、

竜馬が観、目指していた日本を、世界を、

今を生きる私たちが実現させなければなりません。



その竜馬の崇高な志/理念を引き継いでいる私たちは、

“コロナ”なんかに怯え、足を取られている場合ではありません。



怖いとか苦しいとか、勝つ・負けるとかいった

二元対立の感情・現象論を超尅し、

何がどんなことがあっても、今出来ること・すべきことをし、

【真実】に基づいて前に突き進むべきでです。



【亀山社中記念館 公式ホームページ】

http://www.city.nagasaki.lg.jp/kameyama/index2.html


[ 22:37 ] [ ぶらり旅日記 ]
大阪・関西人の私は、「興福寺」と言えば

奈良の興福寺を思い出し、

黄檗宗のお寺と言えば京都・宇治の

「萬福寺」しか思い出しませんが(笑)、

長崎市内に興福寺という黄檗宗のお寺があります。



国指定重要文化財で、国内最初の

黄檗禅宗の唐寺です。

かつて中国・明の商人たちがこの長崎を行き来し始めた頃、

航海安全を祈願したのがその始まりです。



黄檗宗の開祖・隠元禅師は中国・福州より招かれ、

ここの住職として一年滞在、

当時の将軍・徳川家綱(4代)に謁見したのち、

京都に萬福寺を開山されます。



黄檗宗の渡来と共に建築、彫刻、絵画、書、茶、料理など、

様々なものが日本に齎されました。

禅師が持ってきた豆は「いんげん豆」として余りにも有名です。



お寺の雰囲気は、唐寺っぽいものを多いに観じつつも、

やはり長い歴史の中で日本化されて来た観もたくさんあって、

ステキに“ちゃんぽん”となって、

非常に興味深く、そして美しい場所でした。



訪れた日は偶然、お釈迦様の日(4月8日)でしたので、

その法要に参加させて頂いた上、お抹茶もいただきました。



黄檗宗のことはほぼ何も知りませんが、

禅宗ならではの凛とした勁さの中にも

他者に対するいたわり・やさしさがあり、

ご住職を始めお寺の方もみなさんとても

気さくでやさしい方ばかりで、とても居心地がよかったです^^♪



この興福寺のように、世界中の人たちが“ちゃんぽん”して、

ステキに調和出来ればいいなと観じました。



【東明山興福寺 公式ホームページ】

http://kofukuji.com/


長崎には軍艦島等を含めた産業系の世界遺産と、

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と

2つの世界遺産があります。



私の素朴な疑問として、かつて国禁になった

キリスト教をおよそ250年(およそ7代)に渡り

【潜伏キリシタン】となって、

長崎の人を中心に何故信仰し続けて来たのか?!

というものがありました。



国禁になりキリシタンを続けると

命の危険があるにも関わらず、

改宗しないで代々信仰し続けて来た人たちが

結構おられたそうです。



我が国の【潜伏キリシタン】という存在の中に、

本来の信仰(宗教)というもののあり方/存在意義、

また信仰を自らの人生に取り入れることの

必要性が観えて来るのではないか?と私は考え、

いつか潜伏キリシタン関連の地を

巡ってみたいと思っていました。

で、今回はその一つである出津(しづ)集落に行きました。



出津教会堂は世界遺産に含まれておりますので、

下記に事前連絡しないと教会内部を見学させて貰えません。

https://kyoukaigun.jp/reserve/list.php

上記に事前連絡をし、当日スタッフのおじさんに、

出津教会堂を案内していただきました(無料)。



明治に入り、キリスト教を信仰しても良いということになり、

この出津集落にも教会建設の機運が高まりました。

が、この集落は昔から裕福では無かったのです。



・・・私は今回長崎に行き、

なぜこのあたりだけキリシタン(キリスト教の信者)

が多いのかが分かりました。

まず歴史的な経緯として、

ポルトガル人(フランシスコ・ザビエルたち)が伝え、

その信仰の内容の素晴らしさもさることながら、

ポルトガル人がもたらす【貿易品/富】に魅力を感じ、

それ目当てもあってキリシタン大名も増え、

地域を上げてキリシタンが増えて行きました。



<つづく>

・・・が、豊臣秀吉~徳川幕府は諸事情あって国禁にしました。

(その政治的決断は間違っていなかったと私は観ております)

国禁になった後、キリシタン大名(支配者層)は存在しなくなり、

アンチキリシタンの大名が

徹底的にキリシタン(組織)を破壊して行きました。



一方、長崎の地形を観ますと、坂/急斜面が多い・・・

つまり、山が多く平地が少なく、

この出津集落に行こうと思っても、

昔は幹線道路はほぼ無く、船移動がメインとなっていました。

船移動=人の移動も制限され結果、

キリシタンが潜伏しやすくなりました。



そして、海に面していて平地が少ない=米が穫れない、

昔の日本は<米=お金>だったので、

慢性的に出津集落のような潜伏キリシタンが多い地域は貧乏で、

子供も長男以外は全員谷に落として殺さなければならない

(でないと役人がやって来て殺される)ので、

子供を落とす専用の谷まであったとのことです。



出津集落など外海に面し窮境を覚えた一部の人たちは

海を渡り、五島列島を開墾し、そこでもキリシタンを信仰し続けました。



平地でかつ安定した天気で米がたくさん穫れる、

しかも天領(幕府直轄地で年貢割合も低く、比較的裕福)だった、

直系の先祖を持つ私には到底理解出来ない現世の苦しみが、

この長崎の潜伏キリシタンの地にかつてたくさん存在した訳です。



その現世の苦しみを真正面から解決・・・と言いますか、

その苦しみの中にいる方々の心を救おうとしたのが、

【キリシタンの教え】だったのです。

ですので、現状が苦しくても、キリシタンになればなる程、

幸せになれる・・・という境地があったということです。



・・・話戻して、明治時代に私財を投じてこの出津教会堂を始め、

この集落の貧しい若い女性のために住み込みの

職業訓練所(旧出津救助院)等をつくられたのが、

フランスからやって来たマルク・ド・ロ神父です。

ド・ロ神父の実家はとても裕福で、徳の高いご両親は、

ド・ロ神父に財産分与として現在にして24億円

(確かこんな莫大な金額だったかと!?)を渡します。

そのお金で持って、また自らの建築や印刷技術でもって、

貧しい出津集落の人たちのために出津教会堂などを

建てられるなどされたのです。



ド・ロ神父は28歳の時に日本に来てから

一度もフランスに帰ることなく(両親と一度も会うこともなく)

日本で74年の生涯を終え、多くの時間を過ごした、

この出津の地で地元の方々と一緒に眠っておられます。



そんなかんだで出津集落の方々は

今も「ド・ロさま」とお呼びし、

尊敬や感謝の念を絶やすことがないとのことです。



ほんと、こんな【人類愛】がものすごいお方がおられたなんて、

めちゃくちゃ驚きで、そして感動的です。

涙なしには語れません。。。(T0T)☆


【写真】
出津教会堂、旧出津救助院

(2階に置かれていたオルガン、時計、マリア像など全て、

ド・ロ神父の私財でフランスから輸入されたもの)、

ド・ロ神父の墓、

出津集落の海


[ 22:22 ] [ ぶらり旅日記 ]
平成元(1989)年に着工された農林水産省による

「諫早湾干拓事業」というものがあります。

レンタカーを借りその現場を観に行って来ました。

現地は想像以上に広い土地でビックリ仰天しました。



この令和の時代に、このコンクリートで仕切られた

陸地側が全て大地になったところで、

一体何をどう出来るのでしょうか!?



確かに、山・急勾配・坂ばかりの場所で暮らす

長崎の人たちにとって「壮大な平地が欲しい!」

という欲求にかられるのは一定の理解は出来ます。

しかしながら、生態系を地球を完全に変えて

=破壊してまですることなのでしょうか!?

地球/万物【天】に対する冒涜と言っても過言ではありません。



2007年末に潮受け堤防の上に

全長8km程の諫早湾干拓堤防道路が開通、

その真ん中にある休憩所から周囲を眺めてみました。



ということで現在も“宙ぶらりん状態”が続いている

この「諫早湾干拓事業」は、

典型的な行政の施策失敗事例として、

私の脳裏にも焼きついています。



感性の鋭い方は既にお気づきですが、

現在の日本政府並びに地方自治体の

コロナ施策等の失敗事例は、もう少し時が進んだ後、

多くの人に明確になって観えて来るでしょう。

この「諫早湾干拓事業」のように。



「太上は天を師とし、 其の次は人を師とし、

其の次は経を師とす」 (言志録)




知ってか知らずか、人は過ちを犯すものです。

過ちという名の虚実に私はついて行く気は全くありません。

失策を推進した全ての人間には、

一人の例外も漏れも無く、天の裁き(罪の精算)が

待っております(=人=)宇留祈☆



【写真】諫早湾干拓堤防道路より、堤防の外と内側を撮影。



せっかくレンタカーを借りたので、

さっと雲仙温泉にある雲仙地獄を観に行きました。

(右写真)

活火山の息吹/鼓動を大いに観じることが出来ました。



その後は、

「がまだすドーム(普賢岳災害記念館)」

に行きました。



ここには1990年11月からおよそ5年間

噴火被害のあった雲仙普賢岳の

災害について分かりやすく解説し、

またメモリアルホールのような場所です。

(このがまたすドームのある土地は、

雲仙普賢岳の噴火によって新たに大地になったようです)



日本・世界には活火山が多く、

今後も激しい噴火が世界のあちこちで

増えて行くと観ております。



雲仙普賢岳の災害で亡くなられた方々の

ご冥福をお祈りすると共に、

今後起こる活火山の被害が少しでも

緩和されますようにお祈りいたしております。



■がまだすドーム公式ホームページ

https://www.udmh.or.jp/
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の

構成遺産の一つである、

原城跡にも行きました。



禁教初期に島原と天草の

潜伏キリシタンが蜂起した

「島原・天草一揆」。

そこに登場する一人の青年・天草四郎。



坂本竜馬のようにある意味、

神格化された天草四郎ですが、

【純真な潜伏キリシタンの象徴】で

あられたのだと観じました。



島原城にもありましたが、

天草四郎像、とても美しいです。。。



「島原・天草一揆」のメインの戦場だったこの原城跡。

この地で昇天された多くの方々の御霊のカケラたちが、

今を生きる私たちに伝えたいことは何か?!

この地に立って、深く考えさせられました。



天草四郎たちが夢見ていた、

真に皆が平等に幸福な世界(境地)を実現せねばなりません。。。



■原城跡について

http://kirishitan.jp/components/com001

【写真】原城跡(1~3枚目)、島原城(4・5枚目)

■島原城 公式ホームページ

https://shimabarajou.com/



長崎に投下された原爆の爆心地に近い

山王神社の二の鳥居。



写真のように原爆で飛ばされ、

半分以上無くなっています。



が、今も立派に立っております。

「長崎原爆遺跡」として保存されています。



例え半分以上飛ばされても、

地域の人を護る!という気概を観じます。



感動です。。。☆
[ 22:03 ] [ ぶらり旅日記 ]
広島の平和祈念公園は数回行ったことはありますが、

長崎は今回始めてでした。

ということで平和祈念像とご対面。



平和祈念像・・・更には、かつての原爆で亡くなられた方々、

苦しみ続けた方々が、未だ地球人類が核問題を

解決出来ない状態であるということに対して、

どのように観じておられるのか?非常に心苦しいです。

人間の叡智は一体どこに行ってしまったのでしょうか。



これから更に世界は混迷を深め、

ヒロシマ・ナガサキの次の原爆の被災地域が

出てきてしまう可能性が未だ払拭出来ずにおります。


世界唯一の被爆国として、

原爆の悲惨さ・結局地球人類が全て破滅してしまう

究極の悪魔のエネルギーであると、

もっと強く内外に発信し、祈り続けなければならないと!

と、改めて気を引き締めた次第です。



死んでも死にきれないというのはまさにこんな心境でしょう。。。


この度の長崎レポート、これで終わりとなります。

平和公園の近くに、

浦上教会と長崎市永井隆記念館があり

行って来ました。



爆心地は長崎市の中心地より少し北側、

明治期~戦前より東洋一の規模を誇る

浦上教会のある浦上地区です。

ここは三方山に囲まれた場所で、

原爆を落とした立場とすれば、

その効果(破壊状況)を検証しやすかったのでしょう。



ほぼ爆心地なので、

浦上教会も跡形もなくぶっ飛び崩壊してしまいました。

戦後、信者の方々のご尽力により

再建されたのが今の教会です。



憎き有色人種(人間扱いしない思想)に加え、

この長崎では眼下に、自分たちと同じ

クリスチャンがたくさんいると知った上で

原爆投下をした訳です。

アメリカの国家犯罪って、

そんな視点から観てもとてつもなく重いです。



裏を返すと、敬虔なクリスチャンなど

政治家や軍人には存在せず、

本来のクリスチャン的思想を日々の生活に実践せず、

キリスト教(宗教)の本来の目的である

「自他の幸福の実現」ではなく、

「自己の利益/国家権力の拡大のための道具の一つ」

でしかない訳です。



これはかつてのローマ帝国の十字軍や

ポルトガル人(ポルトガルの国家権力者たち)が

戦国時代の日本にやって来た真の目的・・・

「異教徒は殺せ、処女は分かち合え」という、

【究極の自我】に基づいて領土や富を貪り続けて来た

人間の子孫が今、この地球に蔓延ってっている訳です。



虚実を真実として歪曲し、

その罪が子々孫々積み重なっている・・・

今の地球人類の罪が一体どれほどたまっているのか?

そう思いますと、

いよいよ本格的に起こる地球規模の同時多発の

あらゆる災いは【必然的な流れ】であります。



さて、永井隆博士のことです。

永井博士こそ「敬虔なカトリック」で、

本来のクリスチャンとしての生き方を貫かれた方だと思い、

深い感動を覚えました。



明治41年島根県松江市生まれ。

長崎医大を主席卒業され、放射線医学を研究。

この浦上教会で洗礼を受け、この町で暮らす。

(奥様が地元の敬虔なカトリック、2児をもうける)が、

自らが放射線被爆し昭和19年、

慢性骨髄炎白血病で余命3年と告げられる。



そして長崎の原爆でも被爆。奥様は自宅焼け跡から

黒焦げになって見つかり、

博士の手で遺骨を埋葬する。

ご自身は大学の宿直で一命は取り留める。

(子供は疎開していたため無事)



救護班をつくり巡回医療を行う。

長崎医大の教授になり、長崎医学会で

「原子病と原子医学」を発表。

以後、病魔により病床に伏す。



畳二畳程の「如己堂」を建て、移り住む。

(長崎市永井隆記念館の隣に現存)

病床に伏しながらも様々な著書本

『長崎の鐘』『この子を残して』『乙女峠』などを制作、

本の印税など私財を投じて

子供たちのため図書館も建設される。

長崎名誉市民の称号を贈られる。

1951年5月、43歳で亡くなる。

(本人の遺志により遺体を解剖)



人類愛に満ち、世界平和を祈り

【如己愛人】に生きられた方。。。

涙なしでは語れません。

いつか必ず、永井博士の本を読みたいと思います。



永井博士の愛した浦上教会に行った時、

ちょうどミサが行われていました。

とても大きな教会で200名くらいの信者さんがおられました。

カトリックのことは良く分かりませんが、

“大きな一つの家族”のような感じで、

みなさん笑顔で仲良くポカポカされ、

教会全体が愛でみちみちていました。



信じる宗教は、一つの<個/価値観>であり、

全てではありません。

人間、加えて地球に暮らす

全ての存在がお互いを尊重し、共存共栄していくために、

私たち人間はオオイナルカミより、

人間のかたちをした体を与えられたのです。

決して地球を我がものにする・支配するために

与えられたのではありません。



マリア様もイエス様も・・・キリスト教の神々も

そうおっしゃっています。

そして“我が子”の大罪を嘆き悲しんでおられます。



禁教時代も含め400年以上続く、

我が国のクリスチャンの歴史。

この地に完全に土着融合し、

とても美しい音色~まさにハーモニー/

調和の念~を長崎の町に響かせていました。。。☆



■浦上教会

https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/122

■長崎市永井隆記念館

https://nagaitakashi.nagasakipeace.jp/japanese/



2021/04/14のBlog
[ 11:56 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
昨年暮れに2021年のカレンダーを作成した時には、

こんな情報ありませんでした・・

・いつの間にか今年の【祝日】が何個か変わっています。

↑気づくのん、遅すぎっ! アチャー^^;滝汗★



https://www.kantei.go.jp/jp/headline/tokyo2020/shukujitsu.html


東京オリンピックがらみで変わったようですが。。。

スムーズに開催され、そしてスムーズに、

無事閉会出来るのでしょうか。。。。。。


2021/04/12のBlog
[ 21:55 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
娑婆の情事でドタドタ過ごしてます。。。☆

自宅からもよりのJR 八尾駅まで歩いてますと、

高齢のおじいさんが道で倒れていました。

私より先に発見した人が数名おられましたが、

素通りして行きました。

素通りしたい気持ちも理解は出来ます。



電車の時刻が気になりましたが立ち止まり、

しゃがんでおじいさんに話かけようとしたところに、

自転車に乗ったおじさんも立ち止まり、

二人でおじいさんに話しかけてみました。



意識は問題ない上、どこもケガをされていないようでしたが、

老化現象によりあらゆる能力が衰え、

断片的にしかおじいさんの言葉が聞き取れず、

なぜおじいさんが倒れたのか?

どこにお住まいかが分かりませんでした。

が、手押し車と杖があったので、

何かの拍子で足元が狂って転倒し、

自力で起き上がれないご近所の方という観じでした。



以上の状況分析により、おじさんは救急車ではなく、

警察を呼ぶために110に電話

(おじいさんは「警察に電話しなくていい」と

何回も言われましたが・・・)をしたところで、

一眼レフカメラを首からぶら下げ、

一歳くらいの女の子を乳母車に乗せた若いおねえさん

(恐らく、娘さんとお散歩中)が立ち止まり、

おじいさんをサポートする仲間が

三人プラス一人(←赤ちゃん 笑)になりました。



電話に出た警察の人は、

八尾の旧村界隈の土地勘が全く無い人で、

近くにある建物をいくつか言っても、

場所の特定が出来ないようで、

おじさんが警察の人にヤキモキしている間に

おねえさんが私達がいる場所の住所をサクッとスマホで検索し、

おじさんのガラケーを持って

おねえさんが警察の人に住所を伝えて電話を切りました。



おねえさんは私達二人に

「あとは私が警察の方とやりとりしますので、、、

お急ぎなんですよね」とおっしゃって下さいました。

そのお姿は【マリア観音様】のように美しく輝いていました。

(長崎帰りなので、“マリア様”という表現になります 笑)

おねえさんに「あとはよろしくね!」と笑顔でおまかせし、

その場を後にしました。



駅に着くと、

「JR 神戸線で急病者が出た関係で今も電車が遅れています」

と電光掲示板に流れていました。

いつどこで誰がこうなるかは分かりません。

私もいつかこのおじいさんのような状況になるかも知れません。



おじいさんのそのお姿からは、私もみんなも

「いつか必ず通る道」であると教えて頂き、

改めて今、与えられている生命(いのち)という時間の有限さ

/有難さについて教えて頂きました。



・・・私は常に【余裕】を持って生きることを意識し実践しています。

おじいさんたちと出会い結果、

予定より一本遅れの電車に乗りましたが、

目的地には遅刻せずスムーズに到着しました。



時間・お金・心、あらゆる余裕/ゆとりという

【チカラ】があるからこそ、人を万物を助け

/サポート出来結果、自らが助けられ、

救われてゆくのです。

だからこそ日々の【助け合い/学び合い】が

必要だと思われます。



しかしながら「何らかの見返りという欲」から発心された施しは

虚実であり徳ではなく罪にしかなりません。

真心から発心されたものしか、天は受け入れられないのです。



近所に暮らしながら、知らない方々の

人生のワンシーンを共に過ごし、

みなさまの高い【徳】、深い【慈悲】にふれ、

とても学び深い感動感謝の時間を過ごすことが出来ました。



今後も日々出来ることを実践し、地域のみなさまの

ご多幸・安寧を祈念し続けて参ります(=人=)宇留祈☆



2021/04/11のBlog
[ 23:12 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
急遽時間が空いたので、

今度は長崎方面へ慰霊訪問

(観光/ヒカリを観る)しに行き、

今日帰って来て、テレビをつけますと偶然

NHKで「駅ピアノ・空港ピアノ・街角ピアノ」

という番組がやっていました↓

https://www.nhk.jp/p/ts/9981L8QX2N/



今日の放送は仙台空港が舞台でした。

津波をかぶり、がれきの中からよみがえったピアノ

【復興ピアノ】が期間限定で仙台空港に設置され、

いろんな人たちが、いろんな想いを胸にピアノを奏でます。



一台のピアノから生まれる“一期一会”の

美しい感動エピソードがやみつきになります。



あの東日本大震災の3週間前、仙台に行くべく、

この仙台空港に降り立ちました。

まさか3週間後に、あんなことになろうとは・・・

私も想像出来ませんでした。



あの日はちょうどマイカーで四国遍路中で高知市内におり、

観光案内所のテレビで津波に飲み込まれていく

仙台空港が映し出されていて、

3週間前に飛行機の窓から見た、仙台空港が

何でこんなことになっているのか・・・

なんとも言えない気持ちになりました。



あれ以降、復興ボランティア/慰霊訪問/観光・・・と、

かれこれ5回程、東北界隈に行っていると思います。



つい先程、九州・長崎から戻って来たばかりですが、

東北(仙台など)にもまた呼ばれている/行きたいなぁ・・・と、

胸が踊りました(笑)。



その前に北海道に行くかも知れません。

全てを人様にお伝えすることはありませんが、

私には私なりの【使命役割】というものが

ございますので~^^ワクワク♪



[ 23:11 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
関空から南海本線・空港急行に乗って

新今宮駅に到着すると、写真のような

手描きのポスターがありました。

絵心のある駅員さん・作でしょうか^^?



世の中は、う~!マンボウ!って感じで、

ナンギな状態が続いて続いてますが、

ステキにほっこりしました(*^^*)♪



新しいチャレンジに向かって、出発進行~っ(^0^)!!!


2021/04/05のBlog
[ 21:33 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
今年も私がお借りしている、

八尾の里山のサクラは、

今年もとても美しかったです。



人間の儚き人生の中/

森羅万象の奥にある永遠なる【愛】

というものを観じました。。。☆



去年の今頃もそうでしたが、

また“コロナ”の勢いがぶり返して来てしまったので、

私は娑婆世界から更に離れ、

しばし虚空界にて悠々自適に

暮らしたいと思います(!?)笑



収まらないものは、仕方がありません。。。

あれこれ嘆き悲しみ憂えてもどうしようもありません。

ま、これも【天意】なんでしょう。

自然に任せて処置を取るしかないですよね。



にしましても、

“コロナ”に闇エネルギーを与え続けている、

人間の煩悩(自我/我欲、わがまま系)、

消しても、消しても、いっこうに

消えまへんな~~~~!!!!!^^;★



[ 19:22 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日、太平洋が側にある和歌山の

お宿に行って来ました。

朝日、昼間、そして夕日に映える海、

それら全てが美しかったです。。。(*^^*)☆

そんな美しい海を観ていて気づいたことがあります。



それは、いくら太陽が空の上にあっても、

その下にある海水や空気が淀んで(汚れて)いたり、

雲りや雨の日だと、水面がキラキラと

輝かないということです。



つまり、いくら太陽のヒカリ【天の慈愛】が

私たち地球人類に与えられていても、

それを受け取る側(人間)の心が淀んでいたり、

穢れていたりすると、心の中がキラキラと輝かない/

その慈愛を受け取ることが出来ないということです。



自然は調和の姿、愛そのもの具現化した姿

【大調和の境地】そのものであります。

自然は常に素直であり、全てを受け入れ生きているのです。

人間だけが「これはいい、これはいやだ」と

自我ワガママで自らの心の水面を汚し続け、

と同時に他者を汚し続けているのです。



そのような視点で申しますと、

地球上で最も罪深き存在は、

新型コロナウイルスではなく人間でありますので、

そのことに反省懺悔をし、その罪を身を持って

償うべきであろうかと思われます。



所謂「神仏」という絶対的な存在に

どんなに帰依したとしても、

全てが帳消しになることはなく、罪は罪であり、

償うべきものは償うべきものであります。



どのみち償わなければならないのですから、

私たち地球人類は嘆き悲しみ苦しみながらではなく、

真正面から朗らかに喜んで受け入れたいものです。



一方、そもそも論といたしまして、

太陽というヒカリ(エネルギー/愛)が無いと、

人間もその他の地球上の生物も全てキラキラ輝けない・・・

生きていけないということです。



その存在が当たり前過ぎる程に、

感謝というものを忘れてしまいますが、

改めて海面を、全てをヒカリで満たす

絶対的な太陽の存在に感謝の念を

深めた次第です(=人=)宇留祈☆